日記,2022/05/30-2022/06/28
2022/05/30
目標:今年中(12月の給料日まで)にお金貯める。せめて秋口までに50万は貯めておきたい、、、、
2022/05/31
知らないことを知る、やってみるということは本当におもしろい!世の中は知らないことでしか構成されていなく、それに働きかけることで少しでも知れるって本当に贅沢だな。
2022/06/01
“『人間が言葉を発声する』行為の魅力が詰め込まれていると思った。まずリズムが良い。しかも内容が面白くて、意味もある。だから聞いてて気持ちがいいんです。劇作家って役者に言わせることを前提に言葉を書くから、他の文筆家たちと比べて言葉に身体性があるんです。”
“以前岡田利規さんが『劇作家として描きたいものは何か?』という質問を受けたんです。そしたら彼は『向かい合って今にも接吻しそうな男女がいる。しかし、観察者の立場としてそれは認識しながらも、彼らの真上を飛んでいる鳥の腸の中でうごめく糞の運動を描きたい』的なことを言っていたんです」。つまりメインカルチャーを視界に入れつつ、誰も気にしない何かの面白さをピックアップしたい。”
私は凡人だから、凡人でしかないからこそ、才能を持ち人類の進歩たる人間を心から尊敬するし、その人間の手助けをしたいと思う。
この日記を公開するうえでTwitterで数人ブロ解した。別に他意はないのだけど。
癒されることのない渇きに必死に一滴の水を求めている人が、その渇きを癒すものではないだろうけどこういう癒し方もあるのか、とか、そういう人たちの直接にはならねどもなにか導にどうかなりますようにという気持ちが半分というか。
人は誰しも一回きりの生しか与えられてなくて、その呪縛の中で右往左往するしかないのだけど、そこで「なぜ自分の生が与えられたのか」「なぜ自分の生があるのか」「自分がホモサピエンスとして生まれた以上、何がその種に残せるのか」とか、そういう解決することのない悩みを抱え、そうした悩みと生涯共にする覚悟がある人間が好きだし愛している。私はこうした解のない、だけれども悩まずにはいられない問題をそもそも考えられるという時点で贅沢だとも思うのだが、それでもその悩ましい種たちを人類の美徳として慈しんでいたい。私は今日にしか生きていないけれど、人類として生まれ落ちたからに、人類史を歩んでいる。(後で読み返したけどなんなんだこの文章、キモいな)
何者でも足り得なかった寂寞
それが私の愛だと思う。才を持たなかったが故の、凡人なりの、愛だと思う。何者でもいてくれなくていい、ただそっと、お互いに、重さに傾げた首のよすがの肩であってほしい、そう思う。たとえこれが夢見物語でも、私はきっと諦めたくないしそう信じていたい。
いつかよすがの君
2022/06/02
例えば週末、渋谷のツタヤでDVDを2、3本レンタルする。そのあとはぶらぶら散歩して、新宿行って紀伊国屋書店をひやかして、ドトールなんかで最近読んだ本見た映画の話なんかして。なんならドトールでお互いだんまりで一冊本を読み終わるまでコーヒーをのむだけでいい。少し遠回りして家に帰って、その日は惣菜とストックしていた少し特別なお酒を開ける。それで渋谷TSUTAYAで借りてきた、DVDを見る、とか。そういう日々でいい。
2022/06/04
どうでもいいことばかり覚えていて思い出す萎縮した脳みそ。ブツ切れの記憶をぐるぐると再生する様は壊れたレコードのよう。
虹に光る無数の凶暴なガラス片を飽くこともせずに撫で続けている。
2022/06/05
うわー!となりながら人生。
生きる実感も実存もなくふわふわとまるで地縛霊のように地元と吉祥寺を往復している。電車の時間と乗り換えに毎日血反吐を吐いているが、行き帰りで映画を一本くらいは見れるのでその点はいい。それ以外は全部良くない。電車とかいう最悪の乗り物。
2022/06/06
一人暮らしについて考えているのは大学一年生からで、物件探しも生活費シュミレーションももはや特技ですらある。何度でも憧れ続けている一人暮らしであるが、手取りで考えると5、6万しか自由に使えるお金は残らないわけで、そこから貯金だのなんだのと考えると頭痛がする。身体的苦痛もお金には換えられず、結果実家暮らしを選択し続けている。お父さんお母さんいつもありがとう。
100万円貯めても引っ越し資金で半分消えるの狂ってないか?資本主義がよ
2022/06/07
血肉の詰まった袋があまりにも実体だから夏になりかけた空気に霧散することもできない。
2022/06/09
”芸術体験とは、主体が揺さぶられ、それ以前と以後では、世界が一変して見えるような体験であるに違いない。問題はその後だ。様々な形で美や崇高さに触れ覚醒した者も、翌朝には、それでも変わらないこの世界に改めて深く絶望し、どんなに素晴らしい表現や作品がこの世にあろうと、全ては無意味であると悟る。また同じ絶望を味わうくらいならこのまま目を覚ましたくないと思いながら眠りにつく。そしてまた目が覚める。真の「覚醒」などない、毎日ただ繰り返される「起床」に、なんの意味があるのだろうか。“
2022/06/10
人生は物語じゃないから4幕構成もフックも主人公もヒール役もなんにもない、あるのは私という我と世界の対峙でしかない。なんなんだこれ。
バレットバレエという映画の素晴らしさについて。知り合いにお勧めして見せたら微妙そうな反応だった。
鉄男の絵コンテ欲しいけど2万するBOXの特典なの泣いた。貧民すぎる。
2022/06/11
自我を保てないので日中はキュートアグレッションに満ちた生き物を心に飼育してなんとかしている。なんとかなれ〜!ワッワッ!泣いちゃった...
2022/06/12
夏は嫌いだ。だけどもそろそろ夏になるので髪を青く染めた。
2022/06/14
思うに苦労が資本に集約されすぎている。世帯年収1400万超のシティーボーイに生まれたかった。
フランケンシュタイン読みたい。
2022/06/16
街に刻まれたあらゆる心の痛みは彩色を保ち鮮やかなまま。
2022/06/17
会話が下手くそすぎるのでデカい声と独り言で誤魔化しているけれど、いや、というか誤魔化せているのかこれ。多分誤魔化せていません。会話難しい。なんとかなれ〜。
出来損ないの泥人形はヒトもどきでさえないのだろうか。
2022/06/19
武蔵野中央図書館バルト全集あるのすごすぎる。
今月あと1000円で生きていかなければならないの辛すぎるので早く来月になってください。
2022/06/20
最近くしゃみが止まらないんだけど花粉ですか?
同じ画面見てても取れる情報量の差がすごすぎて歯軋りをしている。そもそものインプット量が違う、それはそうなのだけどどこで覚えてくるんだそういうの。見方というか文法というか、そういうの。悔しい。
2022/06/21
今月中盤からかなり精神面が安定していて、なにか熱中できることがあると大丈夫なのかなと思った。逆説的に、精神面が安定したからなにかに熱中することができたのかもしれないが。まあともかく精神面の異常はほぼなくなってあとは寝れないくらいの弊害しか残っていない。何とかなってよかった。
2022/06/22
今年から自分の頭髪は何回か変えているのだがそこにアイデンティティやこうあろうろすする自我はなく、なんか一年間でコロコロ色変えたらおもしろそうだな程度の興味本意があるだけである。個人的見解として、頭の色で差し色ができる分、白Tにジーンズでもワンポイント入ってる感が醸し出せる気がする。そういえば去年の秋くらいから服装に対するあらゆる興味を失い、もともとそれがほとんどなかったために限りなく衣服への情熱が0に近いものとなった。白と黒の半袖を複数枚とジーンズ2、3本をスティーブ・ジョブズばりに着回している。特に支障はないけれども電車や街でちゃんと人間の格好をしている人を見かけると微ダメージを食らうようになった。
2022/06/21
空気がじっとりしているだけで体の疲労が半端ない。来なくていいよ、夏。
2022/06/23
ねむい〜寝れない〜
なぜか今日で6月終わると思っていたけど普通にあと一週間あった。
寝れないという生理現象が直結で苦しいという感情に結びつくの嫌すぎる。でも寝れないのって苦しい感情かなりそれそのものなんだよな。
2022/06/24
触れた無知は何よりの勇気にもなりうるが、私にとってそれは強い希望を見出すと同時に表裏一体か、それを呑まんとすばかりの絶望と希死念慮を感じずにはいられなくなる、あまりに白く眩くも深淵を湛えた暗いぽっかりと空いた穴である。
2022/06/25
1ヶ月五万円の自由費、意外と何とかなりそう。飲みの回数を減らせばイケる。ただやっぱり欲しい本もためらうし映画もバンバン見に行けない。そもそも頭髪に2万かけるなという話、それはそう。
2022/06/26
ここ最近の土日は家でYoutube見て寝腐って終わるのだが虚無感がやばすぎる。退廃ここに極まれり。
2022/06/28
破滅思考をうたえども定職に就きリボもサラ金もしてない時点でまだ社会性を保てている気がする。社不に構えた常識人枠。常識の拡大解釈。
人格と性格ってどっちがどっちだっけ。性格が生来?生来は気質か。なんか思考がダメすぎるワロタ〜と思い続けて人生だけど、スキーマをなんとかすればなんとかなるのだろうか。全部どうでもいいやとどうでもよくないの繰り返し、必死すぎて馬鹿みたいだ。その馬鹿さを自ら嘲笑して襲われる虚無感。なれど本当に必死にやってきたことなどなく、海に揺れる藻草のようにゆらゆらとプカプカと、己の意志さえ流してしまった。自意識との闘争なのだ、これは。30分前に飲んだ睡眠薬から泥のような眠りへの誘い。私生活。他者とのつながり。人は一人で生きられないと道徳の授業でそういえば昔に習った。昔の話、ずっとずっと昔の話。エアコンがある時代に生まれてよかった、それだけは確かなことだ。
断片的な記憶の欠片は一塊を成すことを忘れ、そこらじゅうに散らばっている。ときには自らが記憶だったことすらも忘れ海の中に沈んでいく。かろうじて残った欠片も、記憶の海を歩くたびに割れてすぐに粉々になって、風に吹かれてどこかへ飛んでいく。持続する記憶、完了形のそれなどなく。あやふやでくぐもった記憶たち。脳みそにさんざめくのは記憶でなく声たち。小鳥の囀りのように、嵐のように、どこかの犇く交差点のように、声声声、声の奔流。誰かが駆け出すと皆駆け出し、誰かが笑えば皆また笑う。全ては失われ、頭の後ろにできた重い湖の澱みとなる。何をしたかったか何を誰とどうしてどうやってどんなに何を何と何もどれかなぜなにを...全てがぐちゃぐちゃになり一緒になりなにかの輪郭をなすこともなく、頭痛の澱となって沈んでいく。
10代の傷つきやすい心を大切に大切にしていたら歳だけとってしまった化け物。2値化の基準の愚かしさなどとうに気付いているのに手にすることができない。少女に憧れる病であるから。「寂しさ、寂しさ、寂しさ、この寂しさを救ってくれるものはないか、美しい姿の唯一つでいいから、白い腕にこの身を巻いてくれるものはないか。そうしたら、きっと復活する。希望、奮闘、勉励、必ずそこに生命を発見する。この濁った血が新しくなれると思う。」
日記,2022/04/28-2022/05/28
2022/04/28
私の脳内は常に会話が目まぐるしくなされているが、時たま変な語尾のやつがいて変な気持ちになる。一体誰なんだ、なんなんだ、おまえは。
いつか中学生のころ、私は死んでないから生きているのだと友達に話した記憶があるのだが、今そうなっていてすごい。人生は永続の伏線回収機関。
明日への不安を誤魔化すために飲む酒。今日限りの灯火の美しさ。
人生は祈りの旅路で祝祭だから。だから長い長い祈りの旅路が、あなたにとってせめていいものでありますように。幸福でありますように、それが良い旅路でありますように。その道に正しさや美しさや善いことがありますように。これは私からの最後の呪いで祝詞です。どうかせめて、あなたは幸せであってください。
言語はあまりにも不自由だが伝達手段としてそれしか私は持たないしその不自由さを自覚してもがくしかないんだよな。
2022/04/29
土砂降り、繋がっているのはきっと天国。
死にてえなとツイートしたら遊ぶ当日までは生きてくれと友達からLINEが来てややウケた。
私の祈りを救うために、私は他者の幸せを願ってやまない。
「人生は祈りの旅路で祝祭だから。」これは私の祈りの言葉で私を支えている言葉なのだけど、でもこんなの嘘っぱちでしかない。でもそう私は思い込むしか生きる術がないから、心の底から信じて生きていくしかもうなしようがないから、だからこの言葉を思い込んで信じて必死に生きている。
「人生は祈りの旅路で祝祭だから、だからどうかせめて善く在れますように、正しく在れますように、そこに美しさがありますように。」
2022/04/30
東京卍リベンジャーズ26巻まで読んだ。GWのどこかで漫画喫茶行きたい。
ほぼ一日中寝てた。
2022/05/01
“私人(Privatmann)の部屋はね、俗世のことを考えずにすむ幻想的な空間なんだよ。それで皆、部屋を作ろうと蒐集するわけだ。”
代替不能な私, 総体としての私という存在意義
いっぱい遊んで楽しかった。
2022/05/02
"性別とかいう全時代的概念、はよ消えてくれへんかな。そのために必要なら肉体も均質化してくれ。"
2022/05/03
ずっと私の悪い癖だと思ってたけど、知ってることに対しての興味のなさみたいな、ああしってるわみたいなことへの態度の悪さたるや。真摯でありたい、真摯であれ。
ベンヤミンのパサージュ論が読みたい。
節約しようと思った1分後にチェンソーマン全巻買ったし映画5、6本予約した。
自分の本質は小学生の頃の満点のテストを褒めてもらえなかった頃の私でしか多分ない。空疎な感情ではち切れんばかりのまま生きてきた22歳。
特に効果のない薬を今週ずっと飲み続けてきたが、本当に効果がなかった。
思索
渋谷のTSUTAYAでTカードを作ろうと思ったらカードの図柄を選べますよ!とお姉さんに笑顔で言われて、見守られながら東京卍リベンジャーズのキャラクターの図柄を選んだ。場地さんℒℴνℯ......。
2022/05/04
最近デカい犬見てないな。
2022/05/05
躁転できた日、パチンコで当たり出た感じの気分になる。
新宿御苑前に住みて〜って思って調べてたら2畳5まんえんのへやがでてきてこわくてないちゃった。
映画館、金持ちだったら両隣も予約をとるのに。映画館で予約を取ると、大体の確率で隣りの席がやべえおっさんなんだけど、私が当たり引きすぎなのか映画館にやばいおっさんがいっぱいいるのかどっちなんだ。せめてちゃんと風呂に入ってきてくれ。あとカサカサ動くおっさんも無理。意外と隣の席でも腕とかチラチラ見えて不快だし、なによりカサカサ摩擦の音が意外と響くってことを知って欲しい。私が神経質なだけじゃ絶対ないと思う。
2022/05/06
”深く問う、とはこういうことだ。個から国家までを貫く思索の轍をたどる“
酒を一回飲むと限度まで行きたい!みたいなスイッチが入ってしまっって大体周りに迷惑をかけながら飲んでる。これにはいくつか思い当たる節があるが、それはともかく一刻も早く酒癖を良くしたい。
口唇期だから口元になにかないと落ち着かない。だからこそ手元にある飲み物はすぐに全部(大体)飲むしタバコも吸っちゃうのだが、普通の人ってどうしているんだろうか。落ち着かなくて常にソワソワしてしまう。
酔っ払って一人でふわふわ考えている。私は私の有限性の価値、つまりは生まれ持ってしてたまたま今ある若さとか、たまたま持ち合わせたそれなりの容貌を過信していて、そうしたもののの限界とかじゃあいざそれらがなくなったらどうすんのみたいな、それがなくなった私って市場価値がなくなってしまうんだろうなみたいなそういう予感に常に苛立っているし焦っているのだと思う。それってつまりは、逆に返せばそれらを持ち合わせなかった人間を私はどこかで馬鹿にしているってことだし、そういう自分の価値観に呆れるというか自己矛盾的な葛藤を抱いているのではないか。私は自分の外貌に大して意味は見出していないけれども、社会的接触の中で創り出される自己像はあるわけで、ああ心底それがなかったらと、そうであったらどれだけ私は自己破壊を繰り返さなければと、それと同時にそうでなかった自分自身に対して嫌悪と軽蔑を抱いているのだろうな。でも私は私として今あるそれそのものでしかなくて、そう生きていくしかないわけで、摩耗していく私の“価値”に諦めを感じるか、ともすればそれを共存/利用していくしかないわけで。一体どこまでが私でどこからが私じゃないんだろうか、どこまでが私そのものの価値で、どこからが社会的/文化的記号がもたらす価値なのだろうか。そうしたところをすっ飛ばして私を私、つまりは人間それそのものとして見てほしいという欲望/欲動の中で生きているわけだが、これもそもそも相手に私の私が言う”価値“とやらを認めさせているうえでの話だしそれすらも傲慢で非礼な態度ではないか。ああ、人間に目という感覚器官などなかったら良かったのに。
2022/05/07
ネットの墓場に日記という名の戯言の奔流を垂れ流しているのだが、どうやら意外と読まれているらしい。それで自分でも過去エントリーを読み直してみたが、自分の文章は結構好きかもしれない。「あらゆる限界をぶち壊し、カオスティックでドラマチックな現実を見たい。知や美、もしくはそれらが構成する人間というものが、なにかに隷属するのではなく、リアルタイムで脈動しインフレーションを起こす"今"の観測者になりたい。」とか、今の生き方への熱量ではもうこんないい文章は書けない。
そんなわけで、今この文章をよんでいる人がいたら昔のエントリーもぜひ読んでみてください。
“我々の為しうるのは、ただ神を愛し己を憎むことだけだ。部分は、みずからを、独立した本体だと自惚れてはならぬ。あくまで、全体の意志をもって己の意志とし、全体のためにのみ、自己を生きよ。”
病院に行った。私は薬をのんでないと動けないし脳みそが壊れているので、薬価800円くらいのバカ高い薬を大体毎日飲んでいる。こんな薬を毎日飲み続けないと“まとも”に生きていけない ——飲んですらそれになるというわけでもなく、実際には脳みそが壊れたままの範囲でなんとなくそれっぽいところまでは行ける程度の代物だが—— 自分は一体なんなんだろうなという空疎な気持ちと、いわゆる”まとも“な人はこのハンデもなく“普通”に生きているのかという、嫉妬にも絶望にも似たザラザラした感情を抱かずにはいられない。
2022/05/08
友達によく出会いの場が欲しい〜と喚いているのだが、マッチングアプリは嫌で、「私は路傍に咲く野の花の美しさに心奪われたいのだ」という趣旨のことを言うと苦笑いされる。ロマンチストでエゴイスト、それでも私は信じていたい。
自分の渇きが満たされるような、そんな幻想。太陽の輝きに焦がれ地に落ちたイカロスもきっとこんな気持ちだったのだろうか。
たとえ地に、よしんば地獄に堕ちようとも私は絶対に諦めたくない。
”寂しさ、寂しさ、寂しさ、この寂しさを救ってくれるものはないか、美しい姿の唯一つでいいから、白い腕にこの身を巻いてくれるものはないか。そうしたら、きっと復活する。希望、奮闘、勉励、必ずそこに生命を発見する。この濁った血が新しくなれると思う。“
2022/05/09
コロナ、自分の身の回りであまりかからないのであまり気にしていなかったのだが、世はコロナ流行中だったなあと思い出した。夏のマスクが本当に嫌なのと、絶対摩擦で将来シミになるので早いとこどうにかなってほしい。
マッチングアプリとかいう人間が発明した中で最も愚かな発見。ユリイカ!
駅前でチャウチャウを見た。チャウチャウって日本にいるんだ。
2022/05/10
虚無感からくる吐き気
2022/05/12
人と話した。みんなに幸せになってほしいという話をしたらみんな勝手に幸せになってるよと言われた。そっかーと思った。というか色々勝手に私がしゃべってたのだけれど、酔っ払っていたので全部忘れた。
人生何も先のこと考えずにはちゃめちゃに生きてるのって私だけらしい.
2022/05/13
雨で頭が爆発しそうに痛くて在宅にした。新人なのに一人舐め腐っているようで少し良心の呵責に苛まれている。しかも今週在宅にしたの3回目だし。
私営業むいてないんですよ〜って人に言ったらだろうねって言われてちょっと反抗した。おっしゃる通りで多分絶対向いていませんが......。
私も今日からアーニャ・フォージャーを自称して社会生活営もうかな。
『沖縄やくざ戦争』を見た。よかった。
“「言葉にしなかった考え事はみんな無かったことになって消えていく、と思うと、なんて無意味なことを僕らは必死にやってんだろうな」とか考えてしまって死にそうな気持ちになったりしているので、そろそろ批評が書ける。”
“「あのときああすれば良かった」はわりとない。だいたい全部やってやった。だいたい全部やってやったしそれでけっこう酷い目に遭ったりした。”
2022/05/14
今日暑すぎる。爆汗かいとる。
口元が緩いので、よく飲み物をぶち撒けたり溢したりしている。やると結構落ち込む。
口元が緩いので、よく言葉をぶち撒けたり溢したりしている。やるとかなり落ち込む。
私の所有物も身体も感情も思考も全部私のものだから、誰にもなんにもあげないしあげられない。だから私のことは誰にも分かってもらわなくていいし、理解されたいとも思わない。私はそう在るだけで、それ以上でもそれ以下でもない。確かに私は自分のことを人に話すけど、そこに対してなにかを理解してほしいわけじゃない。本当に?
"苦しすぎるので感情を消してほしい気持ちと、美しいものをそのまま美しいと思いたいから感情を消さないでほしい気持ちとが、拮抗してきた。"
2022/05/15
トーマスマン
映画 1895年 リュミエール兄弟
「愛してますから、子供と安子を愛してます」「必ず幸せにします、大事にします、一生を大切にします」
私は信じてない、そういうもの。
胃の底が痛い、呼吸が苦しい。喉がぎゅっと掴まれているような、そんな感覚。
私は私がそうとしてある以上に、他者がそう望む私でいたい、のかもしれない。でもその押し付けられた自分を全部壊してぐちゃぐちゃにしたい、という本能にも抗えない。
会社で人間やれてないの、私だけらしい
“哲学書の特徴は、賞味期限がとてつもなく長いことです。新聞は一日、週刊誌は一週間という短さですが、哲学の本は十年、百年という単位で人々に影響を及ぼします。なかでもアリストテレスは千年単位の哲学者です。十三世紀に活躍したトマス・アクィナスにとってさえ、紀元前四世紀のアリストテレスは千五百年以上前の人物でした。”
ーNHK 100分 de 名著 アリストテレス『ニコマコス倫理学』 2022年 5月 [雑誌] (NHKテキスト)
私は誰かの1500年でありたい、届かない恋文。
”ある物を占有することは、自分以外のすべての人間に対してそれを神聖で恐るべきものとすることであり、自分だけに「かかわる」ものとすることである”
”一種の生産的な無秩序は、「非意識的な記憶」のカノンであると同様、蒐集家のカノンでもある。”
私に二面性なんてない。あるのは外殻と内殻だけ。内殻が隠しきれていないから不自然なのかもしれないけれど、私は一貫して一人で、ひとりだ。外に見えているそれと内とのそれも別に裏表とかではなくて、一人でいると内省が暴走して自己破壊のかぎりを尽くしているだけで、外面に二面性みたいなの、本当にない。
いろんなものがまぜこぜで破滅と破壊衝動でぐちゃぐちゃになっていてもなんとか人間でありたいしせめて人に対する時は人でいようとしたい。不自然で作り物っぽく演技っぽくて、そのクセめちゃめちゃにボロ出してても、バカみたいに病んでてグチャグチャでメンヘラで一人じゃ何もできない自己承認欲求と自己愛のバケモノをそのままに野に放つよりはまだマシでしょう、そうじゃないですか。理解なんてされたくないし共感もされなくていい、わかってほしいなんてもう望んですらない。私は今のところこう在るしかなくて、それしか解がないから、もっと上手くやるようにするから、ただこうあるしかない私を許してほしい、見逃してほしい。それすらも傲慢ですか?
これを公開しているのに特に意味はなくて、思っただけのものたちは言葉たちは泡沫に消えてしまうから、せめて私が覚えていたくて、それを空き瓶に詰めて海の向こうに流すような、そんな行為でしかない。
2022/05/17
ああ死にてえな、死にてえのはこんな夜だ。満たされて満たされて、それ以上が何もない夜。私は誰かの傷跡にただなりたいだけなのかもしれない。臆病で高慢な私をどうか許してください。美しい夜に、美しい夜がいい。
全部どうせ忘れちゃうからさ、せめて忘れたくないの、自分自身は。だから言葉にするの。そうやって自分に祈りと禊を捧げるの。いつか生きていたいと心からそう思った自分に祝福を込めて、今の気持ちを忘れていたくないと思うの。
どなたかせめて一輪の花を手向けてはくださいませんか。
2022/05/18
私は怠惰で臆病で傲慢で嫉妬深く
生きていたい。好きな人に好きでいてもらいたい。死のうかな。
死ぬ間際の一輪の花火!大輪だといい
前方3mmの視野
『その男凶暴につき』で橋の欄干で首吊んだよ、主人公の友人が。なるほどと思ったね。
2022/05/19
”この世に生きたすべての人の、言語化も記録もされない、本人すら忘れてしまっているような些細な記憶。そういうものが、その人の退場とともに失われてしまうということが、私には苦しくて仕方がない。どこかの誰かがさっき食べたフライドポテトが美味しかったことも、道端で見た花をきれいだと思ったことも、ぜんぶ宇宙のどこかに保存されていてほしい。"
2022/05/20
「自傷行為のうちの発言、自傷行為のための発言。それをしなくてもいいのにわざわざ言う。」
私はリストカットも抜毛もしないけど、たしかにそれによって自分を傷つけていてしかもそれを辞められないという時点で、私にとっての発話という行為はそれそのものが自傷行為であるかもしれない。
ラングストン・ヒューズ『助言』
2022/05/21
"大学に行きたくない、働きたくもない、けれど何かをやりたいわけじゃない。それがこの頃のおいらだった。今だったら完全にニートだよね。人生において唯一、「何者でもなかった」という時期かもしれない。(中略)だからといって死ぬのも嫌だった。自殺する気もなかった。頭の中ではいい女を抱きたいとか、うまいものを食いたいとかあったけど、じゃあそのためにしゃかりきになって働くかというと、ちょっと違う。とにかく「どうしようかな」なんてぼんやり考えていただけの時期でさ。それが許される時代でもあったのかもしれない。"
”我々の人生というのは、生きて死ぬまでの”間”でしかない。生まれたときの”点”と死ぬときの”点”があって、人生はその間のことに過ぎない。見つかるはずのない「生きている理由」を探すよりも、そう思った方が楽になる。おいらなんてそう思うんだけどね。”
ービートたけし. 間抜けの構造. 新潮社, 2012.
2022/05/23
"もし造形芸術に精神分析を適用したならば、死体に防腐処理を施す慣習が、造形芸術の誕生の重要な契機とみなされるかもしれない。(中略)その点で古代エジプトの宗教は、人間心理の基本的な欲求、すなわち時の流れから身を守ろうとする欲求を満たしていた。死とは時間の勝利ほかならない。人間の身体的外見を人工的に固定してしまうこと、それは存在を時間の流れから引き離すことであり、存在を生につなぎとめておくことである。"
ーBazin, André, and 野崎歓. 映画とは何か. 上. 岩波書店, 2015.
2022/05/24
ガチで今一番Twitterで来てるアカウントハムスター短歌と冨樫
2022/05/25
あ
2022/05/27
夜ほぼ毎日無意味に希死念慮を抱きながら涙を流して明日のために睡眠薬を飲んでなんとか眠りにつくの、普通に病気らしいです。
睡眠薬とアルコールを飲んで頭が回らなくなって書いた支離滅裂な文章の残骸がメモ帳に時たまあって、本当に覚えがないので笑えるし怖い。
2022/05/28
空白
■
ただ漫然と生きている。
なにかに満たされたくて朝まで起きていた。
2020年3月21日
■
夏まで生きていようと思った。
秋まで、冬まで、春まで。
そうして何にも気付かぬまま、21になった。
前ほど死にたくはなくなった。
ただ前よりも生きていることに鈍感になった。
痛みを伴わぬ生は腹の奥底で暗く蠢き時折内臓をぐちゃぐちゃにするくらいで、特に何食わぬ顔をして私は今生きている。
2021年7月22日
見たい映画セトリ
セトリ的な三個単位の組み立て構想。
家で映画を見るときは大体2、3本まとめてみるのだが、2、3本見よう!てなったときに一々探すのが意外とだるい。というか、各社配信サイトは映画をディグらせる気が全くないと思う。
それと私は意外とマメにFilmarksにせっせと登録しているのだが、見た映画が三個で横並びするので、三個単位で似た系統を揃えたいと思って3本組みのセトリを組んでみた。ちなみにFilmarksはクソアプリというか、現代社会のダメなところが詰まっていると思うし、UIが最悪だしで私は結構なアンチです、使ってるけど。
組み合わせ自体は結構テキトーで、みたい映画をなんとなくジャンルとかで組み合わせただけのお粗末なものだしちょいちょい納得のいっていないものもあるのだけれど、まあしばらくは見る映画に迷わなそうでワクワクする。たくさん映画が見たい。
・狂い咲きサンダーロード
・ゴッドスピードオブユー
・ゆきゆきて、神軍
・Mishima
・選挙
・沖縄やくざ戦争
・生きてて良かった
・アンダードッグ前編
・アンダードッグ後編
・生きてるうちが花なのよ死んだらそれまでよ宣言★
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・ションベン・ライダー
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・ロビンソンの庭★
・てなもんやコネクション★
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・タクシードライバー
・ニトラム
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・WILD LIFE
・アメリカンハードコア(dvd要購入)
・ソレダケ
・闇のカーニバル★
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・ニワトリスター
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・PICNIC★
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・キッドナップブルース
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・ランジュ氏の犯罪
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・チャイナタウン
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・独裁者★
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・デルスウザーラ★
・地獄の黙示録
無印はU-NEXTでみれるかDVD所持しているもの、あとは映画館。☆はAmazonPrimeでみれるやつで、★はTSUTAYA、△はAmazonレンタルしなきゃいけないもの。
日記,2022/03/28-2022/04/27
2022/03/28
女性器ってかなりグロい。
お互いに別々のことをやっていて特に何も喋らないが、微かな物音から相手の存在をなんとなく感じるような通話が好きだ。
積もっても積もっても、雪。
2022/03/29
最近ずっと寝続けているが、来月からそんな生活も難しいだろうしと開き直って寝てばかりいる。
髪の毛をピンク色にそめているので、抜け毛もまたその色なのだが、ふとした瞬間に見かけるそれがなんとなしにかわいらしく、少し気分が明るくなる。
2022/03/30
タルタルソースに柴漬を刻んで入れると美味しいらしい。
畏怖する人間 柄谷行人
思いやりという概念について
“途轍もない花籠が空中にゆらめき、消え、中原の憔悴した黄ばんだ顔を見た。”
”晩春の暮方、二人は石に腰掛け、海棠の散るのを黙って見ていた。花びらは死んだ様な空気の中を、まっ直ぐに間断なく、落ちていた。樹陰の地面が薄桃色にべっとりと染まっていた。あれは散るのじゃない、散らしているのだ、一とひら一とひらと散らすのに、屹度順序も速度も決めているに違いない、何んという注意と努力、私はそんな事を何故だかしきりに考えていた。驚くべき美術、危険な誘惑だ、俺達にはもう駄目だが、若い男や女は、どんな飛んでもない考えか、愚行を挑発されるだろう。花びらの運動は果しなく、見入っていると切りがなく、私は、急に厭な気持ちになって来た。我慢ができなくなって来た。その時、黙って見ていた中原が、突然「もういいよ、帰ろうよ」と言った。私はハッとして立上り、動揺する心の中で忙し気に言葉を求めた。「お前は、相変らずの千里眼だよ」と私は吐き出す様に応じた。彼は、いつもする道化た様な笑いをしてみせた。“
”丁度雑踏する群衆の中でふと孤独を感ずる様に“
2022/03/31
就職祝いというのはまあ口実で、西荻窪にご飯を食べに行った。そこのご飯が本当に美味しくて、インスタにはここ一年と見栄を張ったが、ここ数年で食べたご飯の中でダントツに美味しかった。向こう一年ぐらいはここのご飯の美味しさをひきづって生きると思う。美味しかったなあ。本当に美味しかった。また行きたい。
私ってつくづく本当に心の底から人間が大好きだな!
運命に抗おうという意志こそが美しさだろう。運命論者の前ではそれすら効力を喪ってしまうのかもしれないが、本能に、生命に、運命に意志を持って抗い生きようとするものが、生命の閃きであると私は思いたい。
2022/04/01
“生きてゐる人間なんて仕方のない代物だな。何を考へてゐるのやら、何を言ひだすのやら、仕出かすのやら、自分の事にせよ、他人事にせよ、解つた例しがあつたのか。鑑賞にも観察にも堪へない。其処に行くと死んでしまつた人間といふものは大したものだ。何故あゝはつきりとしつかりとしてくるんだらう。まさに人間の形をしてゐるよ。してみると、生きてゐる人間とは、人間になりつゝある一種の動物かな”
無常ということ 小林秀雄
“歴史には死人だけしか現はれてこない、だから退ッ引きならぬギリギリの人間の相を示し、不動の美しさをあらはす、などとは大嘘だ。死人の行跡が退ッ引きならぬギリギリなら、生きた人間のしでかすことも退ッ引きならぬギリギリなのだ。もし又生きた人間のしでかすことが退ッ引きならぬギリギリでなければ、死人の足跡も退ッ引きならぬギリギリではなかつたまでのこと、生死二者変りのあらう筈はない。”
“生きてる人間といふものは、(実は死んだ人間でも、だから、つまり)人間といふものは、自分でも何をしでかすか分らない、自分とは何物だか、それもてんで知りやしない、人間はせつないものだ、然し、ともかく生きようとする、何とか手探りででも何かましな物を探し縋りついて生きようといふ、せつぱつまれば全く何をやらかすか、自分ながらたよりない。疑りもする、信じもする、信じようとし思ひこまうとし、体当り、遁走、まつたく悪戦苦闘である。こんなにして、なぜ生きるんだ。文学とか哲学とか宗教とか、諸々の思想といふものがそこから生れて育つてきたのだ。それはすべて生きるためのものなのだ。生きることにはあらゆる矛盾があり、不可決、不可解、てんで先が知れないからの悪戦苦闘の武器だかオモチャだか、ともかくそこでフリ廻さずにゐられなくなつた棒キレみたいなものの一つが文学だ。
人間は何をやりだすか分らんから、文学があるのぢやないか。歴史の必然などといふ、人間の必然、そんなもので割り切れたり、鑑賞に堪へたりできるものなら、文学などの必要はないのだ。”
“然し、こゝに作家といふものがある。彼の読書は学ぶのだ。学ぶとは争ふことだ。そして、作家にとつては、作品は書くのみのものではなく、作品とは又、生きることだ。小林が西行や実朝の詩を読んでゐるのも彼等の生きた翳であり、彼等が生きることによつて見つめねばならなかつた地獄を、小林も亦読みとることによつて感動してゐるのだ。”
“自分といふ人間は他にかけがへのない人間であり、死ねばなくなる人間なのだから、自分の人生を精いつぱい、より良く、工夫をこらして生きなければならぬ。人間一般、永遠なる人間、そんなものゝ肖像によつて間に合はせたり、まぎらしたりはできないもので、単純明快、より良く生きるほかに、何物もありやしない。文学も思想も宗教も文化一般、根はそれだけのものであり、人生の主題眼目は常にたゞ自分が生きるといふことだけだ。“
教祖の文学,坂口安吾
読みたい本
・死霊, 埴谷雄高
・悪徳の栄え, サド
眼にて言ふ,宮沢賢治
2022/04/02
丸香にうどんを食べに行った。美味しかった。
iPadで絵の練習をしようと思ったらApple Pencilを紛失していた。仕方がないのでビッグカメラ に買いに行った。15,000円してかなり嫌な気持ちになった。帰って3ヶ月ぶりくらいに絵を描いたら少し上手くなっている気がした。
2022/04/03
友人とシェアルームの内見に行った。目当ての物件はシェアルームができず、代わりに出された物件はどれも微妙だった。それはそうと、私はかなりシェアルームがしたかったのだが、相手はそこまでの実現可能性を見出していなかった。こういうことをあと何度繰り返せばいいのだろうか。またね、の“また”は来る日がないことが大半である。
私はかなり信心深いと思う。ある種の宗教的人間なのかもしれない。
“あなたの人生の助けになることを願ってやみません。”
安吾の全集欲しい
面白かった動画 https://youtu.be/icn1a7SyBIQ
2022/04/04
春へ、あまり調子に乗るなよ。
ジラールの欲望の三角形
リースマン,孤独な群衆
ロバートkマートン 準拠集団論
意味 他人と自分の所有物の差異 消費の対象,コミュニケーションの対象
普段から多動だけどストレスを感じると多動が出やすい気がする。
最近外に出るとずっとお腹が痛い。乳酸菌飲料を飲もうかと思って近所のスーパーでずっとヤクルト1000を探しているのだが、いつも売り切れている。みんなお腹が痛いのかもしれない。
2022/04/05
最小限界差異 限界的特殊化
退勤後にwordleしながら屋上で吸うタバコがうまい。30分くらい時間を潰せば電車も空いているし、今の季節の夜は過ごしやすくていい。
上司の眉毛がとても綺麗だった。
面白かった動画https://youtu.be/Z5Aeq3UQs7U
最近眠れない。それがストレスでまた眠れなくなる無限ループを繰り返している。自分のTwitterを遡ると、大体天井を見つめているか不眠に苦しんでいた。歴史は繰り返すものらしい。
保険証がないので病院にすら行けない。私は資本主義社会の犬。
私は変わっているねとよく言われるのだが、これは甚だ遺憾である。私は変人などではなく、普通の輪郭をところどころに数ミリ外しているというのが関の山だろう。
最小限界差異とこの思っていることについて書こうと思ったのだが、疲れたからやめる。後日また書くかもしれない。
2022/04/06
ずっとお腹が痛いし眠れない。
人と喋ることは苦手でありまた同時に好きなのだが、本当になにかを話したい相手とは、一緒にいることに満足して黙ってしまうような気がする。あとから何か言いたいことを思い出して、ああそういえば、となることの多さたるや。とも思ったが、そもそも自分自身のパーソナルスペースが異常に広く、懐に入られると常に挙動不審になっているため、喋る余裕などないだけかもしれない。
人間と人間はどうしようもなく個物であり、器の内実に触れることは決して叶わない。対話と呼ばれるそれは、暗闇の中手を伸ばし、必死に他者の輪郭を探りなぞろうとする、人間の痛々しいほどに切実な行為の発露であるだろう。それは自分以外への誰かに対する祈りでさえある。
思想や思考は人間の最も美しい詩だと思う。
普通が1番強くてかっこいい
2022/04/07
破滅的に生き急いでいる気がする。ブレーキが壊れたまま急な坂道を下る自転車の気分。
今日もお腹が痛かった。夜もどうせ眠れないんだろう。
猫背は胎内回帰願望の顕れかもしれない。
何か納得のいかない話をしたときに、まあ女の子だからね、と返答されるのに納得がいかない。人が肉体的な平等を持ってさえいれば私は納得できただろうに、なぜ一方の性別が肉体的優位を持ち加害性があるために私がなにかを我慢しなければいけないのか。
男が心底羨ましい。染色体の文字列が一つ変わるだけで、彼らは生まれながらにして強者たりえるのだから。
約1ヶ月に1回非常にしんどい思いをしながら股から血を垂れ流すイベントを人は生理と呼ぶ。この生まれながらに与えられた理不尽な欠陥の意味が全く訳がわからないので、一時期子宮除去の手術を本気で検討していた。子宮がんなどの場合だと保険が下りるが、私費だとかなり費用が高いため諦めた。今は超低容量ピルの連続投与で、3カ月に1回生理を起こすようにしている。しかしこのピルも不正出血が起こりやすく、しんどくはないものの金魚の糞のごとくダラダラと少量の血が連日出ることがある。それはおいておいても、このピルは保険適用で1カ月2700円もする。薬代だけで1年で3万円超の出費であり、これに再診療や定期検診代を含めれば実際にかかる費用はもっと高い。私はこれを女に生まれてごめんなさい代と呼んでいるが、本当に訳がわからない。なぜ自分に子供を孕み排出する臓器がついているのかも、しんどさを我慢するか女税を納めるかの二択であるのかも、すべてすべてすべてすべて本当に本当に本当に、意味が全くわからない。私は私を生物学的に女たらしめんとするこのクソッタレな臓器が心底憎いし憎悪の対象でしかない。そして同時に、子供を宿す機能が自分自身に強制的に付与されていることに吐き気がする。
生命は喜ばしいものだなんて他人事だから言えるのだ。満員電車に乗っている最中に誰もそんなこと思わないだろう。
2022/04/08
なんとなく思い出したが、私は敬語でタメ語を併用するが、これにはちゃんとルールがある。自分に対する発話であったり、対する人間ではなく場(意図内容)への感想はタメ語で、呼びかける対象が明確にいる場合・意図されている場合には敬語になる。要するに、私は会話の中ででもかなり独り言を言うタイプで、その独り言に類する発話はタメ語によってなされ、対象を意図した発話は敬語によってなすというものである。
2022/04/10
久しぶりに眠れた。
私も私を好きでありたい。
生存戦略としての他者への愛。
“人に話した内容も誰に話したかも何を見たかもどこで見たかも誰と見たかも誰が何を言っていたかも何を読み何を思い何を食べて何をしていたかも何もかもが脳内で不定形にあやふやに溶け合って混然とした騒音となり頭痛となる、そんな毎日。“
2022/04/11
アツくて気持ち悪い、帰ったら風呂にすぐ入ろう......。
眠れなさすぎてワロタ
ストレスなのか軽躁状態なのかわからないけれども、明らかに過活動な今の状態が続くとかなりまずい気がする。
かなり毎日がどうでもよい。糸が切れたようにプツッと突然全部無かったことにしてほしい。
私にしては結構頑張った方だし。
ホモソがなによりも嫌い。
他人の評価軸で生きることがままならない人間だから、なにか自分をその軸で認識されるたび生きていてごめんねという気持ちになる。私は。なんでなんだろうか。
ずっと昔に母親に言われた言葉が今もずっと突き刺さって呪いになっている。今となってはもう確執などほぼないし、特に恨んだりもしていないが、あった色々なことや言われた色々なことは確実にドス黒いものを私に残した。今は一生懸命この呪いを解こうとしているが、その呪いが解ける日が、私が許される日が、誰かを許すことができる日が来るのかは全くわからない。その日が来るのを待ち続けるのは苦しいし痛いしどうにかなりそうで、もう全部どうでもいいやとそれでも生き延びていつか救われたいを繰り返してのたうち回りながらみっともなく生きている。
他人にタダ乗りして被害者ヅラだけは一人前にする自分が心底嫌いだ
人を過剰に信用したフリをするのに信用できないのには何個か理由があって、一つは高校生のときに誰にも黙っているという約束のはずだったカウンセラーにした話をすぐに担任にバラされ、そこから親にも直通だったこと。あとは大学一年のときの初めての恋人にセックスの内容を他の人に赤裸々に語られているのがわかったとき。登場人物全員死ね。
しんどい生き方をしているのは他ならぬ自分自身だが、周囲にいる人間もそれに巻き込まれてしんどい思いをしていると思う。
周りが男の人ばっかで常にストレスがかかる。正直男というだけで怖い。思い込みでしかないのかもしれないけれど、奴らはいつだって女の容姿や行動を評価する立場で、それは無自覚な暴力性で、そういうものに無神経に生きていることが心底憎い。
馴れ馴れしくしているだけでみんな透明な他人だ。そこには年月やら経験による絆の差異があるのは明白だけれども、家に土足で上がり込んでいるような気まずさや場違い感がずっとある。
2022/04/12
難しいことも将来のことも他の人の考えてることも心も何にも分からないし、私は一生かけて生きても幸せになれないんじゃないかという不安が常にあって、なんかもう全部嫌だし死にたいし、でも生きたいし心の底から笑っていたい。私だって幸せになりたいし許されたいし愛されたい。だけどもそれを願うということは、自分もまた誰かを幸せにして許し愛すということで、それってすごく難しいことなんじゃないか。何もわからない。みんなは幸せに生きているのだろうか。そうだといい。明日私が死んだならばせめて誰かに気づいてほしい。
高いジーンズほしい。予算3万円。
2022/04/13
自分で自分を変わっていると言う人間が苦手だ。
2022/04/15
気圧がやばすぎて会社を休んだ。たかだか気圧でしんどくなる体、あまりにも雑魚すぎるだろ。
私だけが頑張れていないし何もできない。強すぎる自己愛がすべてを邪魔している。
常に私は何かと戦って生きているらしい。ウケるな。
ウマ娘で目標達成できないと育成失敗...というリザルト画面が表示されてゲームが終了するが、常々私もこの表示がされている気がする
2022/04/16
ハイハワのカレーが美味しすぎてどこの店を食べに行ってもハイハワを思い出すし比べてしまう。元カレか?
2022/04/17
なんかもうそれがそれとしてある以上仕方がなくて、もうそれについてはなすすべがあまりにもないのだが、私が私としてある以上そうとしてすべてにあらがっていたいというか、もうそうするしかないような予感がする。それが私の生きた証としての最後の悪あがきだし、もうそれくらいしかすべきことを私は許されていなくて、せめて君には生きていて美しい道を歩んでほしいなと、ただそう思う。せめてそこに何か手助けができればいいのだが、全て私の自意識が邪魔している。君が思い悩み行き着いた先にただ美しさがありますように、救いがありますように、歩んできた道に正しさがそこにありますように、。
2022/04/19
カラオケ行きたい
2022/04/21
今日楽しかった!久しぶりに5、6時間眠れた
焼肉食べたい
2022/04/22
”天国まで繋がってるみたいな雨“
Picnic
”GO“見た。良すぎる。
自己認識が犬だか猫だかだから人間界で苦労してる
2022/04/25
マインドゲーム見た。すごすぎ。
最近ここ3、4日は割とちゃんと寝れていて、なんとか精神も持ち直してきた気がする。それでもお腹痛くなったり一人になると涙が出てきたりする。なんとかなりますように。
多分私はもうこのままずっと死なないから覚悟を決めて生きていくしかないきっと。
2022/04/26
“哲学は祈りを拒否する祈りである”
2022/04/27
好きな人がインスタの親しい友達リストにいれてくれてうれしい。
図書館に行く途中ででっっっっかいアリがいた。
生きづらさと向き合う
自分の認知の歪みがあまりにひどいので、スキーマ療法を自分でやることにした。スキーマ療法は認知行動療法の発展版といったもので、たとえばうつ病、BPDや愛着障害などに用いられることが多い。私は触れていないので少し違うかもしれないが、少し前に流行ったブラッドショー『インナーチャイルド』とかも同様な手法から、自身の生きづらさやトラウマからの解放を目指すものだ。
スキーマ療法自体は大学1年生の頃くらいから知っていたのだが、カウンセリング治療はとにかくお金がかかることと、認知を矯正していくということはかなり辛いものであるということから何と無く避けていた。(歯の矯正治療でさえ、かなりの痛みを伴うものであるのだから、幼少期やトラウマエピソードから生成された物の考え方・捉え方を正しく治すのに激痛を伴うことは想像に難くない。)
ともかく、なぜ今まで避けていたそのスキーマ療法を今さらやる気になったのかというと、2022/03/25に書いた日記の中で、自身の認知の歪みを再確認したというか、「あっ、普通の人ってこういう考えをそもそも抱かないし私が異常で病的なんだな」と改めて気づくことができたからだ。今月から始めただらだらと希死念慮について書いていることが多い日記でも、たまには役に立つらしい。
今回私が使用することにしたのは、「自分でできるスキーマ療法ワークブック Book1」,伊藤絵美,星和出版,2015.である。伊藤絵美さんはスキーマ療法の第一人者とでもいうべき人で、『スキーマ療法入門』等、いろいろな著書がある他、内容もかなりわかりやすいので、興味がある人は著作をよんでみてもいいかもしれない。
このワークブックは2冊組で、レッスンごとに何個かワーク(練習問題のようなもの)があり、それを自分で行なっていくという方式だ。例えば、レッスン1「生きづらさから回復しましょう」項、ワーク1-1は「生きづら」に気づきを向けるという主題から、次のような問いを提起する。
問い1. 自分は普段どういうことに悩みやすいか。
問い2. 「生きていくのは大変」「生きるのがしんどい」と感じるのはどんなときか。
問い3. 過去にどういったことで悩んだり苦しんだか。
問い4. これから先の人生について何が心配か。
問い5. 人生に何を求めるか。求めているにもかかわらず、まだ得られていないことはなにか。
参考までに、これに対し私は以下のように回答した。
問い1. 人付き合い,人間関係,生きることそのもの,自分自身へのコンプレックスと自己肯定感の低さ,人並みに何もできないこと,希死念慮,気分の流動性.
問い2. 日常的に自分のコンプレックスが刺激される・浮き彫りになったとき,将来のことを考えたとき,過眠/不眠時,自分は誰にも必要とされておらず、愛されてもいないのではないかと考えたとき.
問い3. 就活,他人との距離感がうまくはかれずに接してしまい全てをめちゃくちゃにしてしまったとき,自分が他者の評価の中で取るに足らない存在なのではないかと感じたとき.
問い4. 将来そのもの全般,人間関係をいつも刹那性で破滅させてしまうこと,今後一生健全な人間関係を気づくことができないのではないかという不安,“まともに”“普通に”生きることができないままこのまま生き続けて何になるのか.
問い5. 許し,救い,生きていてもいいのだと安心して自己を肯定できる自分自身,まとも・普通といわれているもの,自己肯定感,希死念慮からの解放.
この辺りは普段から考えていることなので、特に悩んだりすることもなく解くことができた。こののちもう何個かワークが続き、レッスン1は終了する。ここまでで少し負荷が足りないというか、消化不良だった気もしたので、レッスン2までやることにした。ちなみに、一冊のワークブックは1-2年かけて行うのが良いらしく、時間をかけて取り組むものだ。
進むことにしたレッスン2が難関だった。レッスン2の表題は「相談できる人を探しましょう」で、ワークは「ちょっとした関わりがあるのは誰(何)か」からはじまる。おそらくこのワークの狙いは、自分自身が思っている以上に他者との繋がりがあること(それが挨拶や会釈をする程度であっても、それは歴然とした関係性だ)を再確認させることだと思う。さて、続くワークは次のようなものだ。「あなたにとって,困ったときに相談できる人,いざというときに助けを求められる人には,誰がいるでしょうか。.......とにかく困ったときに少しでも何らかの手助けをしてくれそうな人を思い浮かべ,シートに外在化しましょう。」
これはかなり心に来た。簡単な悩み、例えば学校の授業でわからないところを聞くとか、そういったたぐいのものは誰にでも簡単に聞くことができる。しかし、「今死にたさが深みリティなんだけど通話していい?」だとか、「私は生来自己肯定感が低くて、その低さと他者からされる評価が噛み合わなくて結構病むんだよね〜w」だとか、相談できる人間は誰一人として思い付かない。茶化してしまったが、そういった一歩踏み込んだ仄暗さを打ち明けられる、助けを求められる人の名前は思いつかない。しかし、本書にはそんな読者の考えを見透かしたかのように、次のように書かれている。
「助けなんか,求められるのであれば,とっくに求めているよ」「人に助けを求められないから,困っているんじゃないか」「そもそも人は他人のことなんて助けてくれないよ。この著者は何をふざけたことを言っているの⁉︎」といった反発心を抱く人もいるかもしれません。今,私は,皆さんのこのような思いに反論はしません。それぞれの思いには,もっともな理由があるからだと思うからです。......本書で紹介するスキーマ療法(お膳立てを含む)に取り組んでいただければ,最終的には,人に助けを求めることに対する皆さんのネガティブな思いは,別の方向(多くはポジティブな方向)へと変わっていきます。ですから本書を通じて,様々なワークに粘り強く取り組んでいってください。......
著者があげた「」に、思わず私か⁈となった。それと、同時にこれこそが病理だなとも感じた。他人に確かな助けを求めることができないのにも関わらず、なんとなく察してほしいを匂わせた眼差しをむけてしまう悪癖である。一方で「人に助けなんて求められない」「私は孤独である」と他者を拒絶し、一方で理解を求め強いようとする。それはあまりに不健全だ。
そしてそのうえで、それを受け入れたうえで著者の読者に対する優しさというか、「ああ私って救われていいんだな」と初めて思えたというか、そこに泣いてしまってこのワークは進めることができなかった。
この段階はスキーマ療法にいたる前の前段階で、今後これを続ける上で予想されるしんどさは、この比ではない。それでも、自分の過去の精算をしなければならないときが来ているだろうし、いつまでも思春期のナイーヴさを保ったままの大人子供でもいられない。私がワーク1であげた生きづらさが寛解する日を願って、小さくともこのワークブックの進捗を積み重ねようと思う。